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辛子明太子の歴史

ここでは、「辛子明太子の歴史」 に関する記事を紹介しています。
◎ 明太子(辛子明太子)お買い物とお取り寄せ店舗情報

■博多と言えば明太子、代表的な明太子メーカーを紹介します。
大小さまざまな製造メーカーの明太子と料理店の明太子、一口に明太子と言っても200社以上と言われております。腕に自信のある料理店ならほとんど自家特製明太子を仕込んでいます。
博多で一番人気のお土産明太子。明太子は以外と高いです、博多駅や空港売店にも売っていない辛子明太子が沢山あります。当サイトを参考にお気に入りの明太子をお探しください。


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海坊主の辛子明太子の原料は、スケトウダラの卵巣の中で、明太子作りにもっとも適した成熟度である「真子(まこ)」を厳選して使用しています。
産卵期に向け、スケトウダラの腹の中で卵巣が成熟していくのですが、「真子」の時期の状態がもっとも色味もよく、食感もいいので、「真子」のみに限定して選別し、明太子作りを行っております。
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辛子明太子の由来
 規約では、「辛子めんたいこ」を、「すけとうだらの卵巣に唐辛子を主原料とする調味液等で味付けしたもの」と定義しています。
 すけとうだらを加工して食べる食文化は、17世紀ごろには朝鮮半島で広まっていたとされており、赤唐辛子やニンニクでまぶした「キムチ」や「コチョジャン」等と同じように辛子めんたいこは古くから辛子を使用した朝鮮半島の伝統的食品の1つとなっていました。
 昭和の初期から、この唐辛子やニンニクでまぶした辛子めんたいこが日本に輸入されるようになりました。「めんたいこ」の語源については、すけとうだらを朝鮮語で「ミョンテ」と言い「明太魚」、「明太」と書くことから、すけとうだらの子(卵)を「めんたいこ(明太子)」と呼ぶようになったものです。

辛子明太子が博多名物になった理由
 以上のとおり、辛子めんたいこは、もともと朝鮮半島から輸入されており、福岡、北九州、下関などの朝鮮半島との交流が盛んな地域では、日常の惣菜として魚屋の店頭などに並んでいました。これが「博多の辛子めんたいこ」として博多の名物食品になったのは、第二次世界大戦後、朝鮮で育った川原俊夫氏(「㈱ふくや」の創業者)が博多に引き揚げてきて、朝鮮で食べた美味しい辛子めんたいこの味を日本人に伝えたいとの想いで、昭和24年頃から唐辛子を用いた調味液等で味付けする独自の加工方法で製品化し、博多中洲で販売したのがきっかけとされています。  辛子めんたいこは、当初は、食卓に並ぶ惣菜の一つという存在でしたが、博多の辛子めんたいこは朝鮮半島の原形のものより日本人の味覚に合うように工夫されていることから、徐々にその美味しさが広く浸透することとなり、それに伴って福岡市内を中心にメーカーも増え、競争による製品開発も活発化し、特に、昭和51年の新幹線の博多乗り入れを契機に「博多名物辛子めんたいこ」として全国的にその名が知られ、土産品、贈答品としても高い評価を得るようになりました。

すけそうだらの卵巣
 一般には「すけそうだら」とも呼ばれていますが、正式な名称は「すけとうだら」であり、規約では原材料表記を「すけとうだらの卵巣」とするよう定めています。なお、まだらの卵巣など他の魚卵を原材料に使用した商品に辛子めんたいこと表示することは、公正競争規約に違反することとなります。 すけとうだらは、北太平洋を中心に広く分布するタラ科の魚で、成魚の体長は60~70cmほどになります。卵巣は2本が一対(いっつい)の状態で繋がっており、対単位で一腹(ひとはら)ニ腹(ふたはら)と数えます。1尾の卵巣には約20万~150万粒の魚卵が詰まっています。 一般に魚卵は栄養豊富とされていますが、すけとうだらの卵巣も例外ではなく、ビタミンB1・B2・Eが豊富に含まれています。また、エネルギーは100g当たり126キロカロリー(五訂増補日本食品表示成分表より)です。

全国辛子めんたいこ食品公正取引協議会より
 辛子明太子(からしめんたいこ)とは、スケソウダラの卵巣を唐辛子等を使った調味液で味付けしたもので、食材および食品の一種。 近年は明太子と略される事も多い。
博多(福岡県福岡市)の名産品で、広く九州・山口地方の土産物としても知られています。

 スケトウダラを加工して食べる食文化は、朝鮮半島で17世紀ごろには広まっていた。語源は中国にまでさかのぼれるが、朝鮮語でスケトウダラのことを「ミョンテ」と言い、朝鮮の漢字語で「明太魚」、「明太」と表記することから。朝鮮半島ではその「塩漬け」もつくるが、それが北九州・山口地方へ伝わったといわれ、輸入品であった「明太(スケトウダラ)」もその「塩漬け(たらこ)」も、この地方では古く江戸時代から『めんたい』と呼んでいたらしい。

戦前の国鉄が下関と当時日本領であった朝鮮(現 韓国)の釜山との間を運行していた関釜連絡船で、明太の卵巣の辛子漬け(「明卵漬(ミョンナッジョ)」)が昭和初期から下関へ輸入された。これは唐辛子やニンニクでまぶした「キムチ」に近いもので、下関では日持ちをよくするために唐辛子をまぶす再加工をしていたらしく、「まぶす」タイプの輸入再加工した戦前の『からしめんたい』といえる。

辛子明太子の名が広く一般家庭にまで知られようになったのは、1975年(昭和50年)に山陽新幹線が博多駅まで開業した影響が大きく、辛いものブームの追い風もあり急速に全国へ波及した。 1980年代には土産物の販売ルート以外に百貨店・量販店でも販売され、現在はファミリーレストランチェーン・コンビニエンスストアでメニューやおにぎり・パスタの具として広く利用・販売されている。

ウィキペディア参照
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